岡田外務大臣が日米安保条約改定(1960年)に関わる核持ち込みについての密約及び沖縄返還時の原状回復補償費の肩代わりに関する密約(所謂4つの密約)について、調査結果を公表したのは今年3月10日のことであった。
毎日新聞社政治部記者.西山太吉氏がその取材活動の中から、沖縄返還協定締結の公式発表では米国が支払うことになっていた地権者に対する土地原状回復費400万ドルは、実際には日本政府が肩代わりして米国に支払うという密約が存在するとの情報をつかんだのは1971年6月であったが、翌年3月、彼は国家公務員法違反容疑で逮捕され、違法な取材方法が罪に問われた。
西山記者は1審では無罪になったが、2審では国民の知る権利か、国家の秘密保護かという本来あるべき争点から、「女性公務員と密かに情を通じて機密電文を入手した」という男女の問題に摩り替えて法廷闘争を進めた検察側の主張が有利に働き、高裁で逆転され、最高裁で有罪が確定した。真実を報道しようと取材源に肉薄した彼は記者生命を断たれ、取材に協力した女性事務官は職を失い、家庭は崩壊した。
これらの事実関係を踏まえ、4巻にわたる一大スペクタルにまとめられた物語が、山崎豊子著.運命の人である。(文芸春秋社)
物語の主人公.弓成亮太の弁護側と検察側が激しく対立する裁判の息詰まる展開の描写は物凄い。法廷で傍聴しているような錯覚に陥るほどの臨場感があった。
記者生命を断たれた弓成は家族を東京に残したまま九州.小倉に渡り、父の事業を継ぐのだが、やがて廃業に追い込まれ、手元に残った僅かな財産をギャンブルで失い、生死をさまよいながら沖縄.那覇港に行き着く。
学徒動員の地獄から奇跡的に生還し読谷村に住むという渡久山夫妻に命を救われた弓成亮太は、夫妻から戦争末期の惨状について話を聞くことになる。
組織的な戦闘は昭和20年(1945年)6月23日で終了したとされるが、掃討戦は敗戦の日まで続いた。
この沖縄の地で戦死した兄を持つ自分は、国内唯一の地上戦と言われる最大規模の陸戦について、ある程度の知識を持っていると自負していたのだが、夫妻の語る話を読み進むに連れ、これまで持っていた自分の知見の浅さに打ちのめされた。
普天間基地の問題は、この物語の延長線上にある。
運命の人.弓成亮太であるが、同時に妻.由里子も運命の人である。
取材に協力した女性事務官.三木昭子も上司の安西外務審議官も、時の内閣や検察.弁護士も、元鉄血勤皇隊の渡久山朝友及び元ひめゆり学徒隊の渡久山ツルも、琉球大学教授.我楽正規やガラス工芸家.謝花ミチも夫々が運命の人である。
運命の人が運命の人と重なり、結びつき、不可思議な運命を生んでいく。