松戸の社宅で暮らしていたころ、よく、JR常磐線取手(茨城県取手市)駅近くの新六本店という奈良漬屋さんに出かけてものだ。松戸から国道6号線(水戸街道)に出て、柏、我孫子を過ぎしばらく走り、利根川を渡ると取手駅が見えてくる。奈良漬製造を始めたのが明治元年(1868年)という新六本店の店構えはさすがに貫録十分。
新鮮な瓜や胡瓜や茄子などを地酒の吟醸粕や味醂粕を用いて木樽に漬け込み、土蔵の中でゆっくりと寝かせ、丹精こめて造った奈良漬はなかなかなもの。
思い出したように、いまでも、通販で取り寄せては重宝している。
奈良が発祥の地といわれる奈良漬の起源は、「奈良の都」といわれた平城京の古まで遡るのだそうだが、新鮮な瓜や胡瓜を塩漬けにし、何度も新しい酒粕に漬け替えながら、長い年月をかけて作られるそうだ。
奈良漬の伝統製法を守り続けている江戸期創業の老舗今西本店(奈良市)のHPによれば、下漬け、中漬け、本漬け、仕上げ、極上仕上げ、極上再仕上げと6回もの作業を経て塩分と水分を抜き、風味したたる製品に仕上げるのだそうだ。
奈良時代の酒は今の清酒とは異なり「どぶろく」だったので、奈良漬に使われた粕は、搾り粕ではなく、甕の底に溜まる沈殿物であったそうだ。
我が家の定番の漬け物類は多岐にわたるのだが、千葉県.野田市の坂倉の「おり漬け」もその一つである。
平城京の奈良漬が「どぶろくの底に溜まる沈殿物」で漬けられたのに比し、坂倉の「おり漬け」は、醤油醸造の最終段階で木桶の底に溜まる「沈殿物=おり=澱」に漬込むのである。澱は醤油の美味しさのエキス分そのものなので、出来上がった「おり漬け」は辛からず甘からず、ご飯のお供としては最適である。
娘の仕事の関係者に越後の銘醸酒.八海醸造とつながる人がいる。
稲の刈り取りの季節になると、本来は娘の家に届くはずの新米.魚沼産コシヒカリが、代理受取人として我が家に届く。おかげで「おいしいものなんだね、魚沼産コシヒカリって!」と感謝感激するのだが、その荷の中に、吟醸.八海山の酒粕で漬込んだという「奈良漬け」が入ってきた。封入されてきたメモには「母の手作りの奈良漬けです」と書かれていたが、蔵元の会長が自ら漬込んだ「奈良漬け」となれば、あだやおろそかには食べられない代物なのである。
新米.魚沼産コシヒカリの炊き立ておにぎりで「母の手作りの奈良漬け」を頂いてみようと、小皿に移す。なんという香りなのであろう、完全に瓜になじんだ上品な酒粕の香りが部屋に満ちる。分厚い実を口に入れると、そのパリパリ感もさることながら、吟醸.八海山の麹の風味と微かな甘みが、体を潤す。
絶品である。
日本一長い大根(180センチとか)守口大根の「守口漬」は、その口当たりの良さで名古屋名物の代表格なのだが、酒粕と味醂粕を使うせいか、やや甘みが勝ち過ぎると思うことがある。
それに比すれば、吟醸酒.八海山の酒粕のみで漬けられた「母の手作りの奈良漬け」は、誠に質実剛健。
これぞ、雪国育ちの奈良漬けかな、と、感じ入った次第。