スーパーの店頭に新タケノコが並ぶようになると「今年もいよいよ戦闘開始が間近だな」と気が引き締まる思いがする。三月の半ば頃から裏山の竹林には次から次へと夥しい数のタケノコが顔を出し始めるのだ。
最初の二、三本は「出初めのタケノコって美味しいもんだね」などとようやく訪れた春の恵みをありがたく味わうのだが、それから後は「モグラたたき」のゲームでもするかのように、目の敵にして踏み潰さねばならないのである。
一回当たり二時間ほどを要するタケノコ踏み潰は、一週間に一度くらいの頻度で五月の初めまで延々と続く。この格闘劇を初めてからもう十四、五年にもなるのだが、お蔭で、その効果が徐々に出てきたように思う。
第一に、家の裏の土手に顔を出すタケノコの本数が漸減してきたことだ。
竹の根の成長は恐ろしいほど生命力に長けていて、昨日、顔を出したタケノコは綺麗に切り取った筈なのに、一夜明けてみれば、“奴ら”が数本顔を出し「おはようさん」などと言っているのだ。然して「コンチクショウメ!」とばかりに刈り取るという毎日が続くことになる。
継続は力なり、自然が相手の“ゲーム”は根気が勝敗を決める。ようやく一昨年あたりから“奴らの顔”が出張る頻度が極端に少なくなってきたのである。
第二に、裏山の本家?を牛耳っている竹林にも大きな変化が見られるようになってきた。
六、七メートルの高さを誇る青竹が年々枯れはじめ、竹林の半分くらいが「立ち枯れ状態」になってきたのだ。顔を出した瞬間に踏み潰されたり鋸で切り倒されたりして、竹のご一族も「これはかなわん!」と観念したのか、どうやら、うわぜい(上背)は身じまいし根だけ生かそうという戦法らしい。明らかに、踏み潰しの効果が出てきたのである。
しかし、竹林は青々として風にそよぐ様こそ風雅の真骨頂、立ち枯れてみすぼらしい竹が無造作に林立する姿ほど見苦しいものはなく、その無粋なる様は、筆舌に尽くし難い。
見るに忍びない無残な姿を何とかしようと、裏山の持ち主に相談してみた。
相談相手は93歳になるおばあちゃん。これまでの経緯を丁寧に説明し立ち枯れた竹を切り倒す必要性を訴えると、お歳とは思えぬ太い大きな声でズバリ「分かりました。シルバーに頼んでおきますから、石井さんが気に入るようにやってもらってください」という返事、流石、陰になり日向になって夫を盛り立ててきた元土建会社社長夫人、太っ腹な人なのである。
シルバー人材派遣センターから5人の作業員がきて作業が始まったが、竹の天辺まで絡まっている太い蔓に邪魔をされ、枯竹を根元から切っても突っ立ったままで倒れて来ない。蔓切りと雑木の整理に予想外の時間がとられ、二日間で作業を終えた。
枯れ竹が消えた裏山には青空が広がり、陽が燦々と降り注ぐ。
あとひと月もすれば「奴らが顔を出す」季節を迎えるのだが、徐々に雑木が生い茂る穏やかな里山に生まれ変わっていくことを夢見て、今年も根気よく踏み倒しを続けよう、と、思っている。