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ビジネスサポート・ コミュニケーションブリッジ 代表 石井 吉治 yosiharu(あっと)mis.ne.jp >> WEBサイト ★☆ブログ更新予定☆★ 業務日誌 :月~金曜日 (祝日を除く) 企画の勘所 :日曜日 最新のトラックバック
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2016年 12月 02日
16年間無故障の愛車ホンダ・セイバーを来週月曜日(12月5日)に引き取って貰うことにしたが、夫々の車には忘れがたい想い出が、一杯詰まっているものである。
運転免許証を取得したのは20歳代後半であったから、もう50年間もハンドルを握っていることになる。自分の車を持つようになったのは岡山に赴任した次の年のこと、最初の車は中古のトヨタ・マークⅡであった。近所の人に空き地を借り駐車場として使っていたが、お名前は失念したが、除草などをやってくれるとても親切なおばあさんであった。 漆黒の城・岡山城一帯は公園になっていたから何度となく足を運んだが、大きく蛇行する旭川を遡ると半田山バラ園がある。山麓に広がる薔薇の数々を愛でながら眺望する旭川の流れは素晴らしいものであった。 マークⅡが来てから岡山の暮らしは行動範囲が広がり、4年の間、近隣のドライブや遠出など増えて行ったが、近場の場合は兎も角、泊りがけで出かける時のマークⅡは、どういうことなのか、家族から「素晴らしい旅行だったわね」などと褒められることは稀であった。 雨と濃霧の急峻な山道を迷いながらようやく辿り着いた神戸・六甲山・保険荘の侘しい一夜の事を思い出す。序に話せば、岡山から中国地方の最高峰の大山(だいせん/鳥取県/標高1729m)を越え宍道湖畔で一夜を過ごしたことがあったが、夕食に出掛けた“庭園茶寮 みな美”とかいう有名なうなぎ屋で酒を頼んだ際「お通しは如何ですか?」と聞かれて「ハイ」と答えたばかりに、勘定書きに「お通し代」が加算されていて「いくら有名店だといっても高すぎるわよ!」と散々。 翌日、出雲大社近くの荒木屋という蕎麦屋の二階で食べた「出雲そば」は想い出深いものとなった。 転勤した東京でも暫くの間、マークⅡを使っていたが、家族で出かけた猪苗代湖行は東北道の渋滞に巻き込まれ、ラーメンを食べて野口英世記念館を見て・・・今でも飲みの時の語り草になるほど悪評をかったものだ。 どうもマークⅡは東北道と反りが合わないのか、すんなりと行かないのだが、結婚記念日に出掛けた早春の東北道で季節外れの大雪に遭い、中古車でタイヤがツルツルの車は前へ進むことも後ろに下がることも儘ならず、子供たちが心配顔で待つ松戸ハイムにやっとの思いで辿り着いたのは明け方、今思うと、懐かしい事件であった。 新車に乗りたいという思いが嵩じ、分不相応の黒塗り高級車・三菱デボネアを購入、左右に紅く色づき始めたリンゴ畑を楽しみながら青森ホテルに一泊、青森自然公園ねぶたの里や棟方志功記念館を見るまでは良かったが、青函トンネル開通記念博覧会は誠に不評、見るべきものが無い上に入場料が高いのだ。道中の弁当やお茶代にと袋に詰めた小一万の500円硬貨、息子と三人分の入場券を買った妻は「玉が切れた!」と嫌味を言われながら青函連絡船で北海道に渡り、当時人事院に勤めていた妻の手配で、石井家一統が待つ定山渓温泉・青巒荘の夜の大宴会、「本庁からの紹介」という事なのか、下にも置かぬ接遇振りでくすぐったい思いをしたものだ。 デボネアは東名高速を何往復したことであろうか、GWや正月など休みになるたびに家族を伴って鹿島の家に滞在したものだが、義父や義母のお見舞いやお二人の葬儀も、三菱デボネアであった。 子供たちを東京に残し終の棲家・鹿島の家に移り住む時もデボネアで東名を走ってきたのだが、鹿島から娘の家に「長期滞在」したりするときもデボちゃんであったから、数えきれないような往復回数になる。 5月のある日、生憎家を出る時は豪雨、しかし、東名高速の富士川サービスエリアに近づくと今までの雨が嘘のように晴れ上がり、5月の太陽が燦々と残雪の富士山を照らし出したのである。折からサツキが満開の季節、こんな瑞々しい色鮮やかな富士山を見るのは初めての事で「ひと雨を浴びて五月に光る富士」と自分にとっては誇らしい思いがする一句をものにしたのもデボちゃんの運転席であった。 妻が赤ペン先生をやっていた時は岡崎のリーダーさん宅まで送り迎えしたなど色々あったが、今から16年前、沢山の想い出を残してくれたデボネアにお別れ、ホンダ・セイバーが我が家にやってきた。32V、室内シート周りは総レザー張り、今では珍しい事ではないがパワーシートにパワーウインドー、ナビ搭載の高級セダンである。 セイバー(SABER)はポルトガル語のサブレ(SABRE)に由来するヨーロッパの片刃の刀(サーベル)の意で、英語ではSABRE/ SABERと表記するが「名は体を表す」と言われる如く、ボディーはシャープな精悍なお顔。 セイバーも色々な所へ連れて行ってくれたが、一回の旅の走行距離では、長野市で一泊し善光寺に参り、小布施から日本海に出て山形県・鶴岡・湯田川温泉の九兵衛旅館(藤沢周平の定宿)に投宿、山形城址や町並みを散策、蔵王を越えて仙台へ、ホテルで娘と息子が合流、夕食を楽しみ仙台駄菓子・石橋屋で豪快な買い物、老舗・売茶翁でみちのくせんべいや羊羹を買わせていただき、川口の娘の所に泊まり、東名高速で帰ってきたという約2000キロが最高であろうか。 4年間過ごした懐かしい岡山にも行ったし、北陸最古の秘湯・温泉旅館「法師」は気に入って二度も行き、金沢の和菓子屋さん巡りも思い出すが、志摩観光ホテルの入り日や日の出も忘れ難く、中津川のすや(栗きんとん)から裏街道を通って下呂温泉に出て一泊した水明館、今年4月、東名阪道を走行して2泊した桜の奈良ホテルも印象深い旅であった。 12年間欠かさず買に行った西尾のきらら鈴・干支、そして夏休み、子供たちに連れられて観劇したミュージカル・オぺラ座の怪人もセイバーで、最近では買い物専用の車となった感があるが、安定感抜群のセイバーであった。 来年1月20日頃までは代車を使うことになるが、4代目の愛車となる○○―○は、どんな思い出を作ってくれるのだろうか。
by c-bridge
| 2016-12-02 14:15
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