送り主・五萬狸はなかなか目が肥えているとみえて、包みの中に、何とも可愛らしい名前の『菓子弁当』も入れてくれた。短冊状に切り和三盆糖をまぶした上等な求肥が上下二段にぎっしりと詰められている。
三つの小部屋に区切られた上段は、白色が混ざったような淡い色彩の緑色とピンクの求肥餅を両脇に、“両手に花”然として、薄黄色い求肥餅がお澄まし顔をして納まっている。
緑色とピンクの求肥餅はほんのりとした甘さだが、白胡麻が煉り合わされている黄色い求肥餅は胡麻粒の小気味よい食感に加え、胡麻の香ばしい風味が、ふんわりと口中に広がる。
何とも言えないゆったりとした幸せな気分に誘ってくれる銘菓である。
白い求肥餅がぎっしりと敷き詰められている下段は見事なボリューム感を齎しているが、写真で見る通り、大きからず小さからず、五指を開いて掌に載せると「ぽっ」と納まる頃合いの化粧箱、しかも、何処から見ても寸分の隙も無い。1箱550円という値段は、どう見ても、「安すぎる」と思ってしまうのだが、これが、明治の初めから“どっしりと構えて”商いを続けてきた老舗というものの“心”なのであろう。
栞には「弁当という言葉は織田信長時代から使われ始めた言葉で中国の行厨(こうちゅう)に当る。弁当とは、人を招待したときにその人数全部にいきわたること、即ち、配当を弁ずるという意味から生まれました」とある。
福武国語辞典には、「厨(くりや)は、台所の意味の他に上蓋のある箱(めし櫃・びつ)という意味がある」とあり「弁当は“辨(そな)えて用に當(あ)てる”という中国の辨當が語源で、好都合な事や便利な事を指す」言葉であるとしている。
さて、三友堂に一歩足を踏み入れると、三段であったか四段であったか、縦長の硝子ケースにぎっしりと並べられている『ロール・カステラ』の一群が目に飛び込んでくる。
両手に載せ“子狸”でもあやすかのように「ほーれ、ほーれ」と上下に動かしてみると、ずしりと重く貫禄十分、『三友堂の加寿てい羅』と銘打つロール・カステラの長さは24センチ、差し渡しは10センチという巨大なもの、厚地のカステラに包まれる餡を「これも柿餡かな?」などと言って食べていたのだが、意外にも、柚子ジャムだという。
因みに、HPで確認してみたら、餡の主原料は「柚子」となっていた。
この柚子は四国特産の「獅子柚子」、姿かたちが「獅子」の顔に似ている所からきた名前だと言われるが、香り豊かな本柚子とは異なり、どちらかと言うと、ほのかな柑橘類の香りを有するブンタンに近いものだそうだ。
この巨大な『ロール・カステラ』を二人きりで食べてしまったのか?と心配なさる方も多かろうと思うが、なになに、「包丁の両面を一切毎に“ぬれぶきん”にてお湿しの上、かるくお切りくささいませ」という店主からの助言に従い、二人前くらいの厚さに切り分け、「そしてなるべくお早くお召し上がりくださいませ」という和菓子司の御意に忠実に従い、昼食がわりに、お三時に、と、賞味期限内に完食したのである。
どこからか「もう一匹、五萬狸さん、来ないかなー」と聞こえたように思ったのだが、それは、妻の独り言であった。