懐かしい上野精養軒に着いたのは開店時間の少し前であった。
ポンペイ展を観に来た方であろうか、レストラン入り口のベンチに腰掛けて待っている1組のお客さんが、「寒いから、こちらにどうぞ」と手招きしてくれている。見ると、ベンチの真後ろに大きな灯油ストーブが焚かれていて、風向きにもよるのだが、背中に温かな風を受ける事が出来る。「東京のど真ん中で灯油ストーブの恩恵に与かるとはなー」と思っていると「お早うございます。今日は寒いですから中でお待ちください」とウエイトレスが入り口ホールに案内してくれた。店内は開店前の準備で大忙しの様子であった。
まもなく窓際の席に案内されて「ほっ」としたが、自分たちの他には「寒いから」と手招きしてくれた方たちだけ、「今日は殊の外寒いしコロナの影響が続いているのかな?」などと要らぬ事を考えていると、心配ご無用、一組また一組そして二組そして三組とぞろぞろと入ってきて二間続きのレストランはほぼ満席、席に着いている人も入って来る人もマスク姿、テーブルはアクリル板で間仕切りされ、爪楊枝や塩・胡椒などが取り下げられ、これまで見慣れてきたテーブルのイメージは一新されていた。
ガラス越しテラス席を通して池之端界隈を見下ろし「あの辺に東天紅があったけど・・・高層ビルが増えてわからなくなったね」などと話しながらゆったりとした朝食を楽しんだ。食後のコーヒーを飲みながら「美味しいね」「うん、美味しい。お父さんが淹れるのとは大分違うね」などと朝の上野の森のレストランの雰囲気を十分に味わい、ポンペイ展に向かった。
ほんの少し赤らみ始めた桜通り(左右片側通行)を通って東京国立博物館・平成館に着いたのは予約時間前であったが「時間前でも入れるかもね?」という期待は叶わずロビーで休憩、開催終了日(4月3日)が近づいているせいか、館内は込み合っていた。
遥々、ナポリ国立考古学博物館から東京国立博物館に搬入展示されている「女性犠牲者の石膏像」や「酒神ディオニュソスとヴェスヴィオ山」など158点にも及ぶ出品の数々を想像するだけでも、その壮観さに胸打たれる思いがする。
予約時間の5分前「12時30分からのご予約の方はこちらにお並びください」というアナウンスがあり、たちまち、長い列が出来る、が、流れは誠にスムーズ、受付の読み取り機に予約時に取得したQRチケットをかざすと「はい、お二人様ですね」と言って入場券が渡される。
会場入り口の貸出カウンターで音声ガイドを借り、いよいよ、遺跡ファウヌスの家から出土した床面モザイク画「イッソスの会戦」と対面する瞬間が目の前に迫ってきたのだ。
紀元前333年10月、3万のマケドニア軍を率いて東方遠征中のアレクサンドロス大王がペルシヤ帝国ダレイオス3世率いる15万の大軍と死闘を繰り広げて勝利したイッソスの会戦が「何故、ファウヌス家の舗床モザイク画として取り入れられたのか?」更に「モザイク画の元となる原画が存在したのか否か?」という素朴な疑問について、何らかのヒントが得られるかも知れないのだ。
大きな期待を込めて、第1会場に足を踏み入れた。